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2010年南アフリカW杯が危ない 木崎伸也 

2008年05月08日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
「世界有数の犯罪都市」と言われるヨハネスブルグ(ツワネ)を擁する南アフリカでの開催となる2010年のサッカーW杯。
ドイツW杯を機にドイツヨーロッパに移り住んだほどの著者が、体当たりの現地取材で調査した現状のレポート。

前回のドイツ大会では、日本人も大挙してドイツに行ったのだけれど、次回の南アフリカ大会は・・・この本を読むとはっきり言って、怖くて見に行くのはお薦めできない。
とにかく治安が悪い。

以下、本書でも引用されている、外務省の海外安全ホームページより

ヨハネスブルグのダウンタウン地区(カールトンセンター付近からヨハネスブルグ中央駅及びヒルブローに至る地区)では、殺人、強盗、強姦、恐喝、暴行、ひったくり、車上狙い、麻薬売買等の犯罪が時間、場所を問わず発生しています。

これらの事件は白昼、人通りが多い所でも発生しており、中には長距離バスから下車した直後に襲われた例もありますので、可能な限り公共輸送機関の利用は避け、同地区には立ち入らないようお勧めします。
なお、タクシーの利用については、信頼できる業者が少ないため、旅行者の方にはお勧めできません。


・・・・・。

また、今までに比較的安全とされてきた市郊外においても、ショッピングセンター内の銀行や宝石店に武装強盗団が押し入り、警備員や駆けつけた警官との間で銃撃戦となった事例が増えています。また、在留邦人がよく利用するレストラン周辺でも拳銃強盗被害が発生していますので、注意が必要です。



・・・・・・・・・まあ、こんな感じの土地。

W杯の予選抽選会でも、大会関係者が泊まった、厳重に警備されていたホテルで大会役員のスーツケースが盗難されたり、と油断も隙も無い。
おまけに、予選抽選会の直前、FIFA関係者に招待されていた観光客が、電流が流れる鉄柵で守られていたゴルフ場内で射殺される始末。

また、スタジアムという箱は作っているけれど、そこまでの交通機関が追いついておらず、宿泊施設の準備も追いついていない。あまりに追いついていないので、大会の「公認」宿泊施設として、ちゃんとしたホテルではなく、自宅を改装したゲストハウス等も登録している異例の事態だという。
そういったゲストハウスは郊外にあることが多く、安全な移動ができるか心もとない。

2010年南アフリカW杯が危ない! (角川SSC新書 26)

とまあ、とにかくマイナスの要素が多いのだけれど・・・
--以下ネタバレあり--

こんな危険な国で大会を開くのは、FIFA内の政治的な都合+『レアメタルパニック』などでも述べられているように、レアメタル資源が豊富な南アフリカにいい顔をしておきたいという、国際政治の都合。
そのために、のこのこ出かけて行って被害にあうのでは、サッカーファンはたまったものではない。
よほど、覚悟して厳重な自衛策を取らない限り、行って無事に済むとは思えない。

とはいえ、著者は南アフリカ大会には期待している。
アパルトヘイトが終わったとは言いながら、その影響が色濃く残っているかの国の国民が一つになるために、サッカーが一つの役割を果たしてくれるのではないか、と。
確かに、スポーツには人を結びつける魅力があるし、本書の終盤を読んでいると、著者のサッカーへの愛を感じる。

その気持ちはわかるけれど、正直自分で行きたいとは思えないし、周囲に行こうとする人がいれば、止めてしまうだろう。
成功はして欲しいけれど、それに対して、自分や周囲の人が積極的に参加できるかというと、ちょっと無理という、総論賛成、各論反対という情けない感想しか持てないのが、ちょっと悔しいところ。

出来るのは、この機会に、かの国の現状に対して目を向けることくらいか。。

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[2008.05.08(Thu) 00:54] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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影響力の武器 

2008年04月18日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
影響力の武器  ロバート・B・チャルディーニ

一定のテクニックを使われることで、気が付かないうちに、相手の思うように操られてしまう。

実際に使用されている、そんな危険なテクニックの数々を分析して、騙されない・操られない方法や、テクニックを生かして人を説得する方法を書いた良書。
この本、よくお薦めの本として上がっているのを見かけていたんだけれど、読む機会が無かったけれど、ようやく購入。ちなみに、『初めての課長の教科書』の著者によるセレクションにも上げられている。
内容は、確かに、勧められるだけのことはあってすごい。

たとえば、「ギブ・アンド・テーク」の裏側にある力。何かをもらってしまうと、それに対し(時には過剰に)何かを返さざるを得なくなる<返報性>。生保のおばちゃんのプレゼント攻勢は、これの良い例。
この力が働く原因は、社会的に適応するためだ、と説明している。どの社会でも、受けた恩を返さない”恩知らず”は非情に強く非難されるため、受けたものに対して何かを返そうとする動機付けが強く働くように、我々は、条件付けられてしまっているという。

影響力の武器[第二版]

この性質で面白いのは、受け取ったものと返すものの間に、返すものの価値 >> 受け取ったものの価値という場合でも、強力な力を発揮する点。
--以下ネタバレあり--

確かに、どうでもいいお菓子とかで客をつなぐ生保のおばちゃんの攻勢に負けて、一生で数百万円の支払いをさせられてしまったり、何度も食事をおごられた女性が、関係を迫られて流されてしまったり。いろいろな場面で、強力には働いている。

「みんなやっている」ことを、無意識のうちに選択してしまうことを利用した、<社会的証明>
良くわからないときは、大勢に従うのが効率的、という人間の、いや、おそらくすべての生物が持っているだろう反応のシステムを利用した方法。特に自分と似た人の行動に左右される、というのは自分と似た相手にとって良い事なら、自分にとっても良い可能性が高いだろうから、確かに効率的な反応。無責任だけれど、人間って良く出来ているな、と感心する。

他にも、好意には好意を返してしまう事を利用する、<好意>や、盲目的に従おうとする人の本能を利用した、<権威>など、いろいろな影響力について、事例を元に紹介されていて面白い。


そうそう。
本書を読んでいて思い出したこと。
私が小さい頃。当時は、不動産の価格が順調に上昇していた時代。両親は、小さな家を買い、それが値上がりしたら売って少し大きな家に買い換えて、ということをしようとしたのだけれど・・・これが上手くいかず。元の家が売れることを期待して新しい家を買ったのだけれど、数ヶ月元の家の買い手が現れず、新しい家に引っ越す日になっても元の家が売れない、と困った状態になった。
さあ困った。このままでは、新しい家のローンが払えないし、親戚に借りた頭金も返せない。なんとか売り払うために、不動産屋に、売値を下げることを勧められた。そこで父がしたことは・・・・売値を上げること。そうしたら、その週のうちに買い手がついて、無事に売り払うことが出来た、って話。

これは、この本の中で、値段が高いものは良いものだ、という自動的な反応として紹介されている現象。
父いわく、「値段が高いほうが、価値があるように見えるから」と。不動産屋には大反対されたそうだけれど、結果的には、父の判断が正しかったし、この本で分析されているように、ある程度の裏づけがある。
本当に、人間の反応って、面白い。


本書のユニークなところは、こういうテクニックを使って相手を操れ!というイカガワシイハウツー本ではなく、これらのテクニックから身を守る方法が挙げられているところ。
人間の反応に対する研究はどんどん進んでいて、これらのテクニックを悪用する人も増えてくるだろう。実際に、テレビ番組等でも、多用されているらしい。これらのテクニックのタチが悪いのは、影響を受けたことに気づかず、自分の行動は自分の意思だと考えて、被害を受けたと思うことすらない、というところ。
こういうテクニックが存在することを知り、自分の行動を本当に自分で選択するために、必読の本ではないだろうか。

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[2008.04.18(Fri) 19:54] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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武道 vs. 物理学 

2008年04月17日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
武道 vs. 物理学 保江邦夫

「ふとしたはずみで」武道の究極奥義を習得してしまった物理学者が、武道の技を分析する。
かなり胡散臭いかと思いきや、内容はまとも。

柔道の幻の技を、物理学、生物学の方面から分析して再現して見せたり、「体重を乗せる」ことによる破壊力を、物理学で示したり。マウントポジションの返し方を、物理的に考えて、実演して見せたり。
納得できる話も多く、面白い。宇宙飛行士のパンチの話は、カウンターを考慮していないので片手落ちかな、という気がしないでもないけれど、ロボットが実は弱い=二足歩行はすごく不安定とか、モーメントを生かした運動なんていうのは、とても面白くてためになる。

・・・とまあ、まともな話が続くのだけれど、それは「究極奥義」が登場するまで。
この「究極奥義」なるもの、どうやら『手を触れずに相手に力が入らなくさせる』という代物。武道って昔からオカルトと相性がいい。見果てぬ達人技を追い求める世界が、神秘的なものに惹かれる精神と、通じるものがあるんだろうか。合気道は大本教と縁が深かったし、中国武術も気功とか、道教の哲学と縁が深い。
そういう怪しいものに手を出して、純粋な武道から堕落していくのは何とも悲しい。

武道vs.物理学 (講談社+α新書 378-1C)

・・とも言い切れない。
--以下ネタバレあり--

実は、私が少し経験した合気道にも、同じような技術があった。
筆者が書く「究極奥義」ほど、一般的なものではなく、特定の場合に、相手の力が入らなくさせるようなデモンストレーションだったけれど、3段位の若い弟子が使うのを見たことがある。
体に触れるのでもなく、何か暗示をかけるのでもなく、相手の死角に立って、空中で何かを切るだけ。それで、被験者は力が十分に出せなくなる。
下っ端だったので、原理とか教えてもらえなかったけれど、あれは一体なんだったんだろう。そういう手法が、やはり存在しているんだろうか・・?

著者のいう電磁場説は、ちょっと怪しいけれど。論拠にしている筋電位は、あくまで「感電したのと同じ状態になっている」だけであって、「感電した」訳ではない。実際に電磁場を発生させているのであれば、人体が存在しない状態でも、電磁波を測定できなければ、「究極奥義」が電磁場であるということはいえないだろう。

電磁場なのか、力が入らなくなる、という効果を引き出す未知の暗示方なのか、それとも全く別の仕組みなのか。面白い材料であるには違いない。
オカルトに走って、道を見失わないようにする注意必要はあるけれどね。


「究極奥義」はともかくとして、それまでの議論もなかなか面白い。
武道・武術に興味があれば、読んで損をしないと思う。

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[2008.04.17(Thu) 19:13] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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狼の血 

2008年04月16日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
狼の血 鳴海章

だってあんた、サラリーマンじゃないか


・・・はい、そうです。
サラリーマンならば、読むことはお薦めできない、という解説に惹かれて購入。

読み勧めていくと、全体から漂ってくる鬱屈感、にじみ出てくる抑圧されたエネルギーに当てられる。

冒頭の、深夜の悪戯電話に続き、主人、甲介の朝の準備を細々と書くシーンから、既にドロドロしたエネルギーが溜まっているのがわかる。ところどころ、ああ、と納得してしまうものがある反面、その集合で描かれる主人公の内面は、深夜の悪戯電話と合わせて、心底のほうにドロドロと溜まったヘドロを、表面に綺麗な水を足して多い隠している姿が良く見える。

そして、第一章のタイトルは「鬱屈」。
立ち食い蕎麦に、真っ赤になるまで唐辛子を振りかけ、すする朝食。ドンブリにゴキブリの足を入れる店員。
電車の中の痴漢。止めるでもなく見ている。被害者の少女と目が合う。
代わり映えのしない毎日。意味を見出せない、新聞の切り抜き作業。
会社を訪れる「企業ゴロ」の長瀬。そして、10数年ぶりに再開した、今はヤクザになっている同級生の保坂。

狼の血 (光文社文庫)狼の血(amazonに画像なし)

保坂が持ち込んだ拳銃と金、彼の死を境に、甲介の世界は姿を変え、狂気の坂を転げ落ちていく。
--以下ネタバレあり--

圧倒的な力を手に入れた甲介が、その金と力に蝕まれていく姿は、空恐ろしい。
前述の、立ち食い蕎麦に入れられたゴキブリの足を、店員の目をじっと見ながらボリボリと咀嚼する姿は、背筋が寒くなる。
そして、「殺すことを決めた」と、相手を殺してしまう、非常さ。いや、非情というと冷酷な感じがするけれど、そこにあるのは冷酷さではなく、無感情に、単に目障りなものを排除するというだけれで、冷酷な感情、というのとは程遠い。感情の麻痺した、変に静まり返った心が怖い。

やがて、一時期、バランスを取り戻したかに見えた甲介の心は、世界が再び姿を変えるのに合わせて、一気に奈落へと落ちていく。見えていたものは、すべて虚飾。目に入るもの、感じてきたものは、すべてが紛い物で、本当のものなど何一つ無い。
紛い物の世界に終止符を。狂気に終止符を。

香織の「報告」のこともあり、ラストの選択は衝撃的だった。


鬱屈され、溜まっていくフラストレーション。確かに、サラリーマンというのは、ある種ブロイラー的がある。
実際、私なども、職場で狭い”協力会社席”に、朝から晩まで黙々と働く日々が続くと、「ブロイラーだなぁ」と感じていたことがあるのは確か。
でも、力を得て、それを振るいたい、悲しい狼にはなりたくない。力を振るうなら、それは、今ある場所を破壊し、人を踏みにじるためのものでなく、前に進むために。本当に強いのなら、他人を踏みにじる必要など、ないのだから。

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[2008.04.16(Wed) 19:38] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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閉鎖病棟 

2008年04月14日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
閉鎖病棟 帚木蓬生

精神病棟の心優しい患者たちの物語。

正直、精神病の患者というと、ちょっと怖い。
私が住んでいる近所にある公園には、パンチを繰り出しながら迫ってくる謎の老人とか、ベンチで寝ている人に自転車(!)を投げつける兄ちゃんとか、怪しい人が出没するもので、正直、行動を理解できない人というのは、あまりお近づきになりたくない。
それでも、心の一面に問題があったとしても、その他の部分には、それぞれに、それぞれの思いがあり、相手の心ない振る舞いに傷ついたり、他の人に対する優しさを持っていたりするのだろう。

そんな心優しい患者たちと、心に傷を抱えた少女との交流が、静かに、優しく綴られる。
そんな平穏な日々に割り込んでくる、凶暴な力。大切なものを踏みにじった暴力に対し、自分の身を省みずに立ち向かおうとして起きる、殺人事件。そして、その結末。

閉鎖病棟 (新潮文庫)

--以下ネタバレあり--

優しさ。
そう、この物語の全編に流れているのは、前向きに生きようとする登場人物たちの、登場人物たちへの優しさ。

もちろん、患者に対する偏見、周囲からの冷たい眼差し、降りかかる暴力。狂気に囚われて犯してしまった罪などの要素があり、単に優しいだけの物語ではないのだけれど。
身に降りかかった不幸、抱えた悲しみを胸に収めながら、明るく生きていこうとする登場人物たちの優しさが心にしみる一冊。

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[2008.04.14(Mon) 19:04] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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