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タイタンの妖女 カート・ヴォネガット・ジュニア 

2008年04月28日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
悲惨な運命に翻弄されて流される男と、その家族(?)の物語。

「誰にとってもいちばん不幸なことがあるとしたら」


繰り返される変転と、流浪の末に彼らが得るものは何か。
「日の名残り」と並んで積んであったので、ついでに購入。"1000人が選んだハヤカワ文庫読者アンケートフェア"なるものの1位らしい。
・・・・・・しかし、読者アンケートでたった1000人って少ない気が?


幸運の星の下に生まれた大富豪、マラカイ・コンスタントは、宇宙の「時間等曲率漏斗」に落ちて複数の時間・空間に存在するようになった男、ウィンストン・ラファームドから、未来の運命を告げられる。
いわく、コンスタントは火星、水星、地球と渡り歩いて、タイタンへとたどり着き、ラファームドの妻と夫婦になるだろう、と。
予言など信じないコンスタントだったが、彼の世界は音を立てて崩壊し、全てを失い運命に流される日々が始まる。

基本、ユーモアSF。滑稽でばかげた社会を描きながら、圧倒的な力を持つ絶対者の意図に踊らされる人々の、そこから生まれた諦念と、それぞれが最後にたどり着いた先を描いている。

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫 SF 262)

主人公とその関係者は、絶対者であるラファームドの意思に踊らされて、彼の目的のため利用され、人生を乱される。
火星からの自殺的な地球侵略攻撃の生き残りたちは、「もう誰も自分たちを利用できない」ことに安堵するのだが、それでも、利用され続ける生活は終わらない。
--以下ネタバレあり--

最後まで得体の知れないラファームドの目的のために利用され、人生の末を迎えたコンスタントの妻(元ラファームドの妻)が、得た一つの結論、それが冒頭の言葉に続く、以下の結論。

「それはだれにもなにごとにも利用されないことである」


利用され、利用され、利用されつくしてもはや利用する価値もなくなり静かに余生を送る中で、人と人とのつながりの意味―それが「利用」であったとしても―何かをさせられ、することで社会とかかわり、周囲から影響を受け/与え、それにより人として生きていく事を悟る。

己が他人を利用しているつもりだったラファームドも、さらに大きな存在により利用されていただけということが明らかになり、失意のうちに太陽系を去る。
一方で、利用されつくした老女は、静かな悟りを得て旅出つ。

「私を利用してくれてありがとう」と彼女はコンスタントにいった。「たとえ、私が利用されたがらなかったにしても」



そう。私たちは、常に誰かに利用されている。でも、それはそれで良いじゃないか。たとえ利用されているとしても、自分の意思で反応を選択し、行動することはできる。
たとえ損をしているように感じても、利用されていることそれ自体に反発するのではなく、それを超えた何かに向けて前向きに行動することはできるだろう。
そんなことを考えた。

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[2008.04.28(Mon) 19:08] SFTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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愛はさだめ、さだめは死 

2008年04月24日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
愛はさだめ、さだめは死 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

いろいろな雰囲気の物語が楽しめる短編集。
ティプトリー曰く、
「私の本当の狙いは、読者を退屈させないことだ」
というだけのことはあって、様々なアイディア、変わった要素にあふれた物語があふれている。
一部の作品の書き方は、私にはなじめないところもあったけれど、全体的には面白い作品が多い。

私が気に入ったのは「接続された女」「断層」、表題作の「愛はさだめ、さだめは死」かな。

「接続された女」
社会の底辺に、醜く生まれ、何の才能も無かった女が、絶世の美女のロボット(但し生身)に脳を接続し、彼女として振舞う仕事を手に入れた。かつての彼女とは違い、今や彼女はシンデレラ! 素晴らしい生活が彼女(の操るロボット)には与えられてる。そうして過ごすバラ色の生活・・・・・いやいや。世の中そんなに甘くない。
さて、彼女に救いはあるのか?

愛はさだめ、さだめは死 (ハヤカワ文庫SF)
愛はさだめ、さだめは死 (ハヤカワ文庫SF)
(これも画像なし・・)
--以下ネタバレあり--

「断層」
異星で罪を犯し、ある罰を与えられた男の物語。与えられた罰の内容が、ユニークで面白い。そのユニークな罰によって与えれた影響を打ち消そうと、ひたむきに努力する妻の姿が良い感じ。
最後に明かされる、前半の小さな謎の答えも、ああ、なるほど、という感じで納得できた。

「愛はさだめ、さだめは死」
知性を持ちながら、本能に翻弄される異星の生物のライフサイクルの物語。
物事を認識し、喜怒哀楽を感じ、未来を意識する知性を持ちながら、本能に翻弄されるその姿は悲しい。所詮、生き物は、本能というプログラムに従い、与えられた刺激に反応を返す生物学的な機械に過ぎないのだろうか。
人間にも、そういう要素は多々ある。もちろん、個々の人間には知性があり、自由意志があり、確固とした自我を持って行動している。様にみえるのだが、『影響力の武器』等を読んでみると、その確信は揺らぐ。我々には、ある程度決められた思考のパターンが存在している。我々の理性、知性、自我とは、それに従って行動しているだけの機械ではないだろうか。
生物としての本能という鋳型、社会的な動機付けによる鋳型、人間の思考パターンによる鋳型。そうした鋳型から作り上げられた機械、人間だって、そんな悲しい存在である可能性はある。
そんなことを考えてしまった物語。


名手ティプトリーが書く12の物語。
奇抜なアイディアの中にも、心に残るものがある。

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[2008.04.24(Thu) 19:43] SFTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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2010年宇宙の旅 

2008年04月22日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
2010年宇宙の旅 アーサー・C・クラーク

映画で有名な『2001年宇宙の旅』の続編。追悼記念クラーク読みの一環。
「2001年〜」で起きた一連の出来事により、(小説では)木星軌道上に放棄された宇宙船ディスカバリー号を回収するため、10年後に回収ミッションに向かう科学者たちの物語。
ディスカバリー号の回収という、米ソ合同ミッションは無事に成功するのか。彼らは、木星で一体何を見るのか。

・・・・ところで、SFで多い例の国々の素行の悪さ。この作品でも健在です。

この作品では、時代の流れを受けて米ソが融和しているので、敵対する、というか勝手に暴走する共産圏というと中国しか存在しないのだけれど・・中国の調査隊は、米ソの合同ミッションの裏をかいて、ディスカバリー号への一番乗りを目指す。それどころか、遥かに先行して、木星の衛星「エウロパ」への一番乗りを果たす。

2010年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)
2010年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)
(これも画像なし・・)


でも、そこに至るまでの、中国隊の資材の収拾方法とかが面白くて笑ってしまった。
--以下ネタバレあり--

少々滑稽ながら、欧米陣が思いつかなかった発想で先行するのは「得体が知れないけれど、侮れない国」というイメージが反映されているようで(クラークの中国観?)面白い。
もっとも、そうやって人間が工夫をして裏をかいて行動しても、宇宙に待つ予想も付かない出来事で、全てがひっくり返される。

そして、予想も付かない出来事の締めくくりは、木星に待つ「ビッグブラザー」こと、巨大なモノリスの起こす出来事と、その結末。結末に至るまでのシーンは、とても印象的で、ビジュアル的にも美しい。人類に向けられた「警告」もすごく印象的で良い。

モノリスの創造者たちの遥か遠い意図からから生まれる物語。それは「2001年〜」の冒頭を再び繰り返すものであり、永い時のつながりを感じさせる、良いラストだった。

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[2008.04.22(Tue) 20:18] SFTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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虎よ、虎よ! 

2008年04月01日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
虎よ、虎よ! アルフレッド・ベスター

テレポーテーションが普及した世界を舞台に、顔面に虎の様な刺青をされた男が復讐のために生きる日々の物語。

「おれはこれまでずっと虎だった。おれは自分を訓練した・・・・・・教育した・・・・・・もっと長い爪と鋭い牙をもって・・・・・・す早い、狙ったが最後、かならず相手を屠る強い虎に自分を仕立て上げるように・・・・・・自分を高めてきた・・・・・・

虎となった男は、復讐の日々の果てに何を見るのか。

SFの多彩なアイディアを贅沢に詰め込んだ物語が、テンポ良く進行していき、気持ちよく読むことができる。これが、52年前の作品というのだからすごい。いろいろなアイディアは(流用されて手垢が付いているとはいえ)、今も通用するものだし、物語の世界も面白い。
多少、描写が古臭いというか、もろに古い翻訳FS的な感じを受ける部分もあるけれど、さほど気になるものでもない。

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2) (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)

ただ、主人公のガリーはメチャクチャな奴で、それこそ野獣。
だって、私が買った版についていた帯の推奨(?)コメントは、夢枕獏。
--以下ネタバレあり--

自分を助けてくれた小惑星帯の人々の居住地は吹き飛ばすわ、女は襲うわ、爆弾テロはするわ、パートナーを見捨てて逃げるわ・・・・・無軌道でバイオレンス。復讐に駆られ、われを忘れて猛進する。
それでも、目的を果たすためにただの野獣でいるのではなく、知識と文化を吸収して成長していく。

読んでいる途中では、てっきり踏みつけてきた女性陣に手痛い反撃をくらうのかと思っていただけに、ちょっと展開が意外だった。でも考えてみれば、「復讐」に燃えて他人を踏みつけてきたガリーの末路が復讐の標的というのでは、あまりにヒネリがなさ過ぎるか。

破天荒で、目くるめくシーンの洪水に目がチカチカすることもあるけれど、テンポの良さと多彩なイメージは捨てがたい。最後の共感覚の描写や、次々にジョウント(テレポート)を繰り返すシーンも、イメージの洪水、疾走感を描写する点で、私としてはプラスに感じる。
(綺麗にまとまっている、という評価はできないけれど)

読み通して、ガリーの成長?を振り返ってみると、なかなかに感慨深い。
最初の人間失格状態から、よくあそこまで変化したものだ。もっとも、最後には、別の人間失格?状態になってしまっているのだけれど。でもいつかきっと、生きる力を取り戻して、また歩み始めてくれるだろう。

確かに名作の名に恥じない一作。

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[2008.04.01(Tue) 19:56] SFTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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宇宙のランデブー 

2008年03月25日 ()
読んだ本。 * 本・雑誌
宇宙のランデブー アーサー・C・クラーク

追悼。3月19日未明、呼吸不全にて死去。90歳。

太陽系に進入してきた、全長50キロ、直径20キロ、自転周期4分という円筒形をした謎の物体(ラーマ)と、人類との遭遇の物語。
異星文明との遭遇を書いた、いわゆるファーストコンタクトものというSFの定番だけれど、ちょっと違った雰囲気で面白い。

宇宙のランデヴー (ハヤカワ文庫 SF (629))

何しろ、
--以下ネタバレあり--

巨大な円筒の中身は、ほとんど空っぽで、そこには異星人の影も形もないんだから。
自然、物語は、異なる文明との邂逅によって人類に生まれる葛藤とか、異なる文明とのコミュニケーション不全を書くものではなく、謎の空間の探検記になっていく。ラーマの中は、本当に謎だらけで掴みどころがないのだけれど、なかなか解明されない謎のオンパレードに好奇心を刺激されて、なかなか面白く読ませてくれる。

でも結局、多くの物事は最後まで謎のまま。まさに「竜頭蛇尾」を絵に描いたような物語だと思っていたら、なるほど。そういうことか、と最後に納得。
いやいや。そういう伏線だったとは、恐れ入りました。


そういえば、この作品で書かれている「ラーマ」を見て思い出すのは、いわゆる「スペースコロニー」。人類が宇宙に繰り出すための手段として持て囃されてきたのだけれど、最近では、「高度成長期の土建業のイメージ」として、否定的な記事も見かけた。

「宇宙世紀は来ない」 ユーザーが作る“ゲームの次世代”(ITmedia)

確かに、各国の宇宙開発にも勢いがなくなり、重厚長大産業よりも、IT系に産業の中心がシフトしていく流れなので、スペースコロニーの様なものができる未来像は、描きづらくなっているのかもしれない。時代は、宇宙系のSFよりも、サイバーパンク系の方に近づいている気がするし。

それでも宇宙への思い、異文明との出会いに夢を馳せるというのは、個人的にはどんなにムダであっても、大事にして欲しいものだと思っている。

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[2008.03.25(Tue) 20:12] SFTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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